ブログ論

小林よしのり「被害者認定は慎重にしよう」という記事を読んで、よしりんの記事作成能力に脱帽した

投稿日:2018年4月29日 更新日:



ブログ論です。

ブロゴスで小林よしのりさんの記事を読んで、「自分もこういう端的で、かつ、反響を産む文章を書けるようになりたいな!」と思ったという話をします。

記事を短く仕上げることは難しい

このブログを読んでくれてる読者はお分かりでしょうが、

…いや、このブログに読者なんてほとんどいないのですが、「文章を書く場合、誰しも頭の中に想定読者を設定している。想定読者がいなければ文は書けない」と内田樹先生の「文体論」で読んだ記憶があるので、ここでは自分の脳内にだけ存在している「このブログを毎日楽しみにしている可愛くて若い女性」に向かって話しますが(男性でもいいですけど)…、

私はこのブログで毎日記事をアップするのに悪戦苦闘しています。

このブログ毎日読んでいない人へ状況を説明すると、いまから一か月ほど前に、私は「このブログで毎日記事をアップしてやるぜ宣言」をしました。

思えばアラフォーニートで周囲の人からの期待を裏切ってきた私だけど、せめて自ら宣言した「毎日記事更新宣言」くらい守ろうと(本当の動機は「ブロガーとして成功して一山儲けたくて」)、一か月ぐらい毎日記事を公開しています。

記事作成において、何より難しいと痛感するのは、『記事を短くまとめる』ことです。

ライターの凄さを実感する

ネット上にどこにでも転がってるような、短い長さで、かつ読みやすく書かれた記事ってあるじゃないですか?

ヤフーとか、ブロゴスとか、どこでもいいですけど、読みやすくコンパクトに書かれた記事は、どこかしらで毎日大量に生み出されているわけです。

自分で毎日記事を書くようになってから、いままで何気なく読んでいたネットニュースも、時間制限の中でそれを書いてるであろう名も知らないライターさんの筆力の凄さに脱帽するようになる、そんな機会が自然と増えました。

中には、「これなら俺でも書けそうだ」というヒドイ記事もありますが、それはそれで自信回復用として価値はあります。

こういう「自分の能力の低さ、他者の凄さ」って、たとえば「自分が病気にならないと病人のほんとうの気持ちは分からない」のと一緒で、自分が記事を書いてみて初めて分かります。

…たとえ話が少しズレたかもですが、言いたいことは伝わるはずです。

「自分の(書く)能力の低さを自覚する」という成長の第一歩を踏み出す

自分の能力の低さを自覚し、ライターさんをはじめ、他者へいままで以上に謙虚になれたという点で、今の「私」は、すでにブログを始める前の「私」とは違います。

精神的に成熟し、人格的レベルアップを遂げたといえましょう。

以前より他人に優しくなれる自分になれたなら、ブログを始めた甲斐もあったというものです。

お金ウハウハになるために

ですが、自分が謙虚で心清き社会に優しい人間になるだけでは、肝心の「プロブロガーになってお金ウハウハ」状態には程遠いわけです。

私がブロガーとして成功し、謙虚で心優しき人間になるとともに、結果として、あくまで「結果として」ですが、札束が詰まったお風呂で美女をはべらせる状態に至るため、もしくは、大金を稼いでブサイクでも剛力彩芽のようなかわいい女の子とお付き合いするために、これから、たくさん記事を書く必要があります。

はたして記事をたくさん書く必要ある?

たしかに、「ブログでお金を稼ぐために、記事をたくさん書く必要が必ずしもあるのか」と聞かれれば、答えは『NO』、「必ずしも記事をたくさん書く必要はない」が正解なんでしょう。多分。

記事をたくさん書かなくても、それこそ10記事ぐらいでブログの人気が出たりして、それなりに収益を上げてるブログも現実的にあるようです。

そもそも「お金を稼ぐのに、ブログという場所は適切か」といった根本的問題もありますが、それはとりあえず置いておいて、ここでは話をシンプルにするために、

『お金を稼ぐ
→そのためにブロガーとして成功する
→そのために記事を量産する
→長い記事をたくさん量産するのは難しい
→短くコンパクトな分量でも記事を書ける必要がある
→そのために記事を短く仕上げるの能力の習得が必須』

という感じの「風が吹けば桶屋が儲かる」的ロジックを採用することにします。

記事を短く書く力

ってことで、私はどうしても『記事を短く書きあげる能力』を身につけなければならない。

そして、ブログ飯をしなければならない!

でなければ、現在私を養ってる過保護な両親が死んだら、物理的生命体として、即ジエンドになってしまいます。危機感が違うのだよ。

今回読んだ記事

ってことで、ようやく本題に入るのですが、小林よしのりさんの話です。

小林よしのりさんは、もともと『おぼっちゃまくん』とか漫画家として世に出た人で、今では時事問題の論客として朝生とか見ている人にはご存じだと思います。AKBとかアイドルとかに興味がある人には、そっち系、サブカル系?の人という認識を持っている人もいると思います。あらためてみると、多面的な人ですね。しかも一線で息長く活躍しています。

個人的に、小林さんのことは結構チェックしていて、キンドルで安かったので購入した「昭和天皇論」(漫画)を丁度読み終わったところです。

漫画も面白いですが、小林さんか書いたブログ記事は、内容だけでなく、「短い記事を書く」という点でも、すごく参考になるので、ブロガーとしてなるべくチェックするようにしています。

今回読んだ記事はこれです。

被害者認定は慎重にしよう
http://blogos.com/article/293662/

以下、この記事のスゴイと思ったところをブロガー視点で整理してみます。

記事のスゴイ所

・記事が短い

端的。

小林さんはスマホ時代に合わせて、意図的に記事を短くしているとの話をどこかで聞いた記憶があります。正確には、ブログ記事の分量の話ではなかった気もしますけど、とにかく「スマホ時代だから~」みたいな話をしていました。

AKBファンになったこともそうですが、歳を重ねても時流を読む力、変化に対応する力を感じます。

・みんなが食いつきそうな話題から入る

今話題の山口達也から記事は始まります。

・山口達也を躊躇なくアル中の中年アイドルと認定

アル中の中年アイドルが女子高生に酔って「キス」したのは、アウトだ。

山口達也と名前こそ出していませけど、どう読んだって山口達也のことですよ。
山口達也は「アル中」で「中年アイドル」認定。

事実かもしれませんが、社会的、テレビ的強者であるジャニーズに対しても遠慮がない。

しかも、全くテレビ業界に関係ない人ならともかく、小林さんはテレビに出演していますからね。

テレビに出ている人ほど、ふつうはこの話題に触れないか、批判のトーンを抑えるなど、守りに入りたくなるのが人情だと思いますけどすごいですね。

・読者に突っ込ませる。

復帰できないだろうな。
そもそも中年になってアイドルグループへの未練を語ること自体が精神的に問題がある。

このくだりを読んでどう思いましたか。

…いやいや小林さん、あんた、AKBファンで有名じゃん。64歳(いま調べた)にもなって、AKBとかいう、どこぞの10代、20代そこらの女のケツ追い回しているお爺ちゃんが言うことか?

これ、もう完全に分かってて言ってるんですよ。多分。

こういうツッコミを読者がしたくなる時点で、「小林さんの手のひらの上で踊ってる感」ありありです。

よしりんスゲー。

・自分が「本当に思っていること」を書いている(ように見える)

なにより、私が一番羨ましいと思うところは、小林さんは「小林さんが本当に思っていることをブログでも漫画でも書いている」ところ、言い換えると、「思考を自ら制約してない感」が、見習わなくちゃいけないなと思うところです。

ブログを書くようになってから思うのは、本音を書くのがすごく怖いということです。

本当に思ってることは、ときに自分の中のドロドロした部分なのですが、そのドロドロ部分を公開することを、どうしてもためらってしまいます。

ためらうのを自覚してればまだ良いのですが、無自覚的に自己規制してしまう悪癖もあって、まるで「キルアの頭に埋め込まれた針」が自分にも埋め込まれてるみたいなのを感じます。

小林さんの本当に思っていることを表現するという「表現者の覚悟」とでもいいましょうか。わたしはこの覚悟が足りないなと思った次第です。

まとめ

とにかく書くトレーニングをつづよう。
小林さんを見習って、短くても人に刺さる記事を書けるようにしよう。

そして今年、2018年中にブログで月1万円以上稼げるようになりたい。
稼がないと死んじゃうからね。

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